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2016年1月10日日曜日

火山性の二酸化炭素が生み出す局所的な海洋酸性化〜将来の海の姿?

海洋酸性化は海に棲む炭酸塩の骨格を形成する生物(サンゴ・貝・有孔虫・石灰藻・翼足類・円石藻・ウニ・甲殻類など)に対して様々な影響を与えると予想されています。

※海洋酸性化については以下の拙ブログ記事などを参照のこと
▶︎ 海洋酸性化の現状(レビュー)
▶︎ 海洋酸性化とサンゴ礁生態系への影響
▶︎ 海洋酸性化の現状(海洋化学の視点から)
▶︎ 「海洋酸性化の生物多様性への影響の報告書」日本語版要約
▶︎ 「海洋酸性化の生物多様性への影響の報告書」一部訳(深海・造礁サンゴに対する海洋酸性化の影響)


琉球大学・栗原研究室HPより




これまで、室内や室外において人工的に酸性化した海水を作り、その中で数週間〜数年間にわたって各種生物を飼育し、海洋酸性化に対して生物の代謝・石灰化・光合成がどのように増減するかが評価されてきました。

琉球大学・藤田研究室HPより


しかしながら、こうした飼育実験では実際に自然界で起きている現象をあまりに簡略化してしまっているという問題があります。
例えば、各生物の海洋酸性化に対する応答が分かったからといって、その生物が住む生態系全体の応答を理解したことにはなりません
また、海洋酸性化は数10〜数100年の時間をかけて生じる現象ですが、飼育実験は時計の針を極端に早めて応答を評価することしかできません

そうした限界をある程度クリアできるのが、自然界でもとから存在する酸性化サイトになります。なぜなら、そこは数100年から場合によっては数1,000年間もの間、酸性化した環境が維持されてきており、そこに築かれた生態系はある程度定常状態に達していると考えることができるためです。

Ocean Portalより


今のところ2種類の酸性化サイトが見つかっており、サンゴ・貝・有孔虫・石灰藻といった生物が海洋酸性化によってどのような影響を被るかの評価に使用されています。

1、火山性のCO2による酸性化サイト
火山の沿岸には海底から火山性ガスが噴き出しているところが見つかっています。
その中でも硫化水素(H2S)などの有害なガスの濃度が低く、CO2によって海水が酸性化したサイトは海洋酸性化の良い鑑になります。

これまで、イタリアのIschiaを代表として、低〜中緯度に位置する以下の地点から報告があり、酸性化サイトで卓越している種の記載が行われています。
また、そこには生息していない石灰化生物を酸性化サイトに移植することで、どういった変化が生じるかが評価され、酸性化に対する生物応答の予測に役立てられています。

大まかには、酸性度が増すにつれて造礁性サンゴの種数と被覆が減少し(ただし、塊状ハマサンゴは強い)、代わりに非石灰質の大型藻類が卓越することが多いようです。
ちなみに、硫黄鳥島では造礁性サンゴの代わりにソフトコーラルが卓越していることが報告されています。

造礁性サンゴは複雑な構造をもつため、小型の生物のかっこうの隠れ家を提供しています。それが失われると生物多様性は著しく損なわれることは想像に難くありません。

Faburicius et al., 2014, ProsBより
生物相の変化は地域性が大きいようですが、酸性化に弱い種が淘汰され、強い種が残るというのは一般則と言えそうです。

◉イタリア
Volcanic carbon dioxide vents show ecosystem effects of ocean acidification
Jason M. Hall-Spencer et al.
Nature 454, 96-99 (2008)

◉パプアニューギニア
Losers and winners in coral reefs acclimatized to elevated carbon dioxide concentrations
Katharina E. Fabricius et al.
Nature Climate Change 1, 165–169 (2011)

◉硫黄鳥島
Spatial community shift from hard to soft corals in acidified water
Shihori Inoue et al.
Nature Climate Change 3, 683–687 (2013)

◉式根島
Geochemistry of two shallow CO2 seeps in Shikine Island (Japan) and their potential for ocean acidification research
Sylvain Agostini  et al.
Regional Studies in Marine Science 2, 45–53 (2015)

◉グアム
Shift from coral to macroalgae dominance on a volcanically acidified reef
I. C. Enochs et al.
Nature Climate Change 5, 1083–1088 (2015)

2、火山性のCO2ではない酸性化サイト
外洋との海水交換があまり活発でなく、閉鎖的なサンゴ礁では、礁内の石灰化や有機物分解などの結果、海水のpHが低い場合があります。そうしたサイトもまた(完璧ではないにしても)海洋酸性化の鑑になります。

◉メキシコ
Reduced calcification and lack of acclimatization by coral colonies growing in areas of persistent
natural acidification
Elizabeth D. Crook et al.
PNAS 110, 11044–11049 (2013)

◉パラオ
Diverse coral communities in naturally acidified waters of a Western Pacific reef
Kathryn E. F. Shamberger et al.
Geophysical Research Letters 41, 499–504 (2014)

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自然の酸性化サイトは極めてユニークな研究対象地ですが、一般にアクセスが悪いことが研究の進展を遅らせています。
そうした中、最近式根島で発見された火山性CO2湧出域はアクセスの点で非常に恵まれています(比較的高緯度のため水温が低く、大規模なサンゴ礁は発達していませんが)。
私自身、サンゴや貝などの炭酸塩骨格の化学分析を通じて、この式根島の酸性化サイトの研究に関わりたいと考えています。

人間活動に伴うCO2排出が止まらない限り海洋酸性化の進行は止まりません。
今世紀末には、色鮮やかな枝サンゴ・テーブルサンゴ・熱帯魚が姿を消し、緑〜茶みがかった大型藻類によって占有された沿岸が普遍的になるのでしょうか?

つい最近パリにおいて行われた国連気候変動会議では、世界各国が足踏みを揃え、野心的な排出削減努力を行うことが決議されました。現在各国が表明している削減目標が十分達成されたとしても、大気中のCO2濃度が450 ppmを下回ることはなさそうだと個人的には感じています。さらなる抜本的な社会・エネルギー構造の改革が必要とされています。

どういった海を未来に残すか。今の、そしてこれからの人類の決断にかかっています。

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海洋酸性化は地球温暖化の悪魔の双子(evil twin)とも称されるため、以下の文言は地球温暖化を海洋酸性化に置き換えても差し支えありません。

Scientists have made it abundantly clear that every country must do everything that it can, and as fast as it can, if the world is to prevent the worst consequences of global warming.
もし世界が地球温暖化の最悪の結末を回避するつもりならば、全国家ができるすべてのことを、できる限りの迅速に行わなければならないことを科学者たちは再三明らかにしてきた。

A seismic shiftNature 528, 307 (17 December 2015) ”EDITORIAL”