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2015年8月19日水曜日

100年後の放射性炭素年代測定(Graven, 2015, PNAS)

Impact of fossil fuel emissions on atmospheric radiocarbon and various applications of radiocarbon over this century
Heather D. Graven
Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America 112, 9542–9545 (2015)

久しぶりに自由な時間ができたので、面白そうな新着論文をピックアップして紹介。



1950-60年代の大気中核実験によって大気の二酸化炭素のΔ14Cが急増した(Bomb-14C)。
原子爆弾や水素爆弾が放出した高エネルギーの中性子が大気中の窒素(14 N)と反応し、14Cへと姿を変えたためである。
その後二酸化炭素と姿を変えた14CO2は、一部は海水に溶けて溶存のDI14Cとなり、一部は植物の体(セルロースなど)に、一部は動物の体(アミノ酸やタンパク質など)に取り込まれた。

その後、1960年代頃をピークに次第に低下し、現在は産業革命以前に比べて20%ほど増加した状態になっているが、その理由は
(1)大気から入った14Cが海洋大循環・海洋の生物ポンプ・陸上生物の炭素吸収と土壌形成などに伴い、徐々に除去されているため
(2)放射性炭素の崩壊(半減期5730年)のため
(3)化石燃料燃焼に伴う14Cに枯渇したCO2の大気への取り込みによる希釈のため
の3つが支配的に効いている。

この論文が扱った内容は(3)の理由によって今後Δ14CO2がどのように変化するか、そしてその結果14Cを扱う研究にどのような影響が生じるか、といったことである。

著者はIPCC第5次報告書で用いられている排出シナリオを用いて、人類が今後どれほどの化石燃料を使用し、どれほど土地利用を変化させるかに応じて「将来Δ14CO2がどのように変化するか」をシミュレーションした。

RCP2.6シナリオでは2030年頃にはΔ14CO2が産業革命以前のレベルに落ち着く(ただし、14Cが移動する先の海や生物のΔ14Cは今後数百年の間、産業革命以前のレベルには戻らない)のに対し、

RCP8.5の高排出シナリオ(business as usual)では大気のΔ14CO2は見かけ上、2050年頃には1,000年前、2100年頃には2,000年前のレベルに等しくなる(表層海水は深層海水と似た年齢を示すようになる)。

特に後者が将来の放射性炭素を利用した研究に与える影響は甚大である。
例えば、年代が不明な地質学・考古学資料の放射性炭素年代測定が過去2,000年の間ほとんど使えなくなってしまう。犯罪捜査や密輸の取り締まり(象牙の年代測定など)、ヴィンテージの判定などにも影響が生じる。
Δ14Cを利用した化石燃料燃焼由来の炭素の検出(都市部などで行われている)も困難になる。

炭素は身の回りにありふれているだけに、ここに挙げたもの以外にも様々な影響が、今後のCO2排出に応じて生じると思われる。
最後に、著者は今後も放射性炭素の測定技術の向上が不可欠であることを指摘している。