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2014年12月14日日曜日

「海洋酸性化の生物多様性への影響の報告書」要約部分の和訳

つい先日「The Convention on Biological Diversity」により公表された、海洋酸性化が生物多様性に与える影響をまとめた報告書の、要約部分の日本語訳です。
意訳はできるだけ避け、原文にかなり忠実な訳にしたので、ちょっと読みにくいかもしれません。
Secretariat of the Convention on Biological Diversity (2014). An Updated Synthesis of the Impacts of Ocean Acidification on Marine Biodiversity (Eds: S. Hennige, J.M. Roberts & P. Williamson). Montreal, Technical Series No. 75, 99 pages
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海洋酸性化とその影響の事実認識
1. 産業革命以降、海洋酸性化は約26%増加した
過去200年間に、海は人間活動の結果排出された二酸化炭素の4分の1を吸収したと推定されており、海の酸性度(水素イオン濃度)が同様の割合で増加している。海の生物・生態系、それがもたらす商品・サービスに広範囲に(そしてほとんどすべて有害な形で)影響を及ぼすほどの水準まで、人為的な二酸化炭素排出の継続が海の酸性度をさらに上昇させることは、今後50〜100年にはほとんど避けがたい。殻や骨格形成のために追加のエネルギーが必要となるため、海の石灰化生物が特に危機にさらされており、多くの海域で、守られていない殻や骨格は溶解するだろう。

2. 海洋酸性化とその潜在的な影響への国際的な注目度は高まりつつある
国際的な強い繋がりに支えられて、今や多くのプログラム・計画とが海洋酸性化が海洋生物の多様性にもたらす影響とさらなる示唆を研究している。国際連合総会は諸国に対して海洋酸性化を急いで研究し、その影響を軽減し、その原因に対処するよう促してきた。多くの国連組織がこれらの問題に注目を寄せている。

海洋酸性化の全球的な状態と将来の傾向
3. 海水のpHは自然状態で大きな時空間変動を示す
海水の酸性度は日や季節といった時間スケールで、局地〜地域的といった空間スケールで、また水深の関数として自然に変動する。物理的・地球化学的・生物学的過程と陸からの影響の結果、沿岸の生態系・生息地は外洋に比べて大きな変動を経験する。

4. pH変化に対する生物の応答にはかなりの生物学的なばらつきが存在する
メタデータの解析や、多くの実験的研究の結果をまとめたところ、異なる生物集団は模倣された将来の海洋酸性化への応答が、異なるものの一貫したパターンがあるということが分かった。他の要因との相互作用により、応答には種内でもばらつきが見られることがある。

5. 極域や湧昇域の表層水は炭酸塩に対する不飽和の危機にますます曝されており、それは有機物の層に覆われていない殻や骨格を溶かすことにつながる
pHが自然状態ですでに低い海水では(高緯度、沿岸湧昇域、陸棚斜面など)、生物が形成するもっとも一般的な炭酸塩であるアラゴナイトとカルサイトに対する不飽和状態が今世紀中に広範囲に広がると予測されている。底性・浮遊性の軟体動物類、深海サンゴとその構造がもたらす生息地複合体はもっとも影響を被る集団に属する。

6. 他の全球的な海洋観測システムと密接に関係し合いながら、海洋酸性化のモニタリングを改善する国際的な共同研究が現在進行中である
現在の変動の理解を深め、将来の状態を予測するモデルを改良するためにも、統合された全球的なモニタリングネットワークは必要不可欠である。新たな技術とセンサー開発とがこの育ちつつあるネットワークの効果を高める。

過去は何を教えてくれるか:古海洋研究
7. 地質学時代に起きた自然の海洋酸性化イベントの際には、多くの海洋石灰化生物が絶滅した
大気中の高い二酸化炭素濃度が過去に自然の海洋酸性化を引き起こし、”サンゴ礁の危機”を招いた。暁新世-始新世温暖期(PETM、約5,600万年前)には、種の絶滅はそれよりも前に起きた出来事に比べるとその凄惨さは小さかったが、その際の大気の変化は現在進行しているものと比較するとはるかにゆっくりしたものであった。

8. 主要な海洋のpH低下からの回復には数千年の時を要した
海洋酸性化からの回復は極めて遅いということを古環境記録は示している。例えば、PETMの時にはおよそ10万年ほどかかった。

海洋酸性化が生理学的応答に与える影響
9. 海洋酸性化は多くの海洋生物の酸-塩基調整と代謝にとって重要な意味を持っている
外環境の水素イオン濃度が大きく増加すると、内環境の酸-塩基バランスを維持するために追加のエネルギーが必要となるのだろう。その結果、タンパク質合成の低下・健康度のダウンにつながる可能性がある。そうした影響は定着性の動物に対してもっとも大きいが、もし食料の供給が十分であれば影響は軽減される可能性があり、多くの生物種において、代謝の増加は悪影響を打ち消すかもしれない。

10. 軟体動物の受精の成功に対する海洋酸性化の影響はきわめてばらつきが大きく、遺伝的適応の可能性を示している
海洋酸性化が受精に与える影響を評価した実験的研究は、ある種は敏感に影響を被り、ある種は耐性が強いことを示している。世代を経ることで進化学的に応答の機会が得られることを種内変動は示唆している。

11. 石灰化生物の幼生にとって、海洋酸性化はおそらく有害である
幼生のサイズ低下・形態学的な複雑さの低下・石灰化の低下などの影響が見られることから、多くの生物は成長段階初期には海洋酸性化に対して特に脆弱なようである。

12. 海洋酸性化は魚類や、ある種の軟体動物の感覚器官・振る舞いを変える可能性がある
重要な化学的合図を見分ける能力が失われることも影響の一つである。生物個体はより行動的になり、より大胆で・よりリスクの高い振る舞いをする傾向にある。

海洋酸性化が底生生物群集に与える影響
13. 将来予測されている酸性化に対して、およそ半分の底生生物は低い成長・生存率を示す
サンゴ・軟体動物・棘皮動物に対して、多くの研究が海洋酸性化とともに成長・生存率が低下することを示している。しかしながら、その応答にはばらつきがあり、低いpH状態で生き残る種もいる。

14. 多くの海藻(大型藻類)や海草類は将来の海洋酸性化に耐性があるか、あるいは酸性化から恩恵を被る
自然のCO2湧出域においてしばしば豊富に存在する、石灰化を行わない光合成生物は将来の海洋酸性化から恩恵を被るかもしれない。しかしながら、石灰化をする大型藻類は負の影響を被る。海草と多肉質の大型藻類が高密度に存在すると、局所的に炭酸系が大きく変化し、それは潜在的に近隣の生態系に恩恵をもたらす可能性がある。

海洋酸性化が外洋性の生物集団に与える影響
15. 多くの植物プランクトンは将来の海洋酸性化から恩恵を被る可能性が潜在する
石灰化を行わない植物プランクトン(珪藻など)は高いCO2状態で光合成・成長が増加することが確認されている。石灰化を行う植物プランクトン(円石藻など)は種間・種内でもまちまちである。競争的相互作用、光合成の増加/石灰化の低下のバランスを通じて起きる可能性のある、生物群集のシフトに対してはメソコスム実験が知見をもたらすだろう。海洋酸性化がバクテリア・浮遊性微生物に与える影響はまだよく研究がなされていないが、分解速度の変化は栄養塩サイクルに重要な意味をもつだろう。

16. 将来予測される状態に対して、浮遊性有孔虫と翼足類は石灰化の低下あるいは溶解を経験する可能性が高い
これらの集団の殻は炭酸塩飽和度が1を下回ると溶解を経験する傾向にある。殻の厚さや浮遊性有孔虫のサイズ低下は、将来の海洋表層-海洋内部間の炭素輸送効率も低下させるかもしれない。

海洋酸性化が生物地球化学に与える影響
17. 海洋酸性化は海洋生物地球化学のあらゆる様相を変える可能性を秘めており、さらに気候プロセスへのフィードバックを伴う
高いCO2は生物一次総生産、微量ガス放出、食物網・輸送される粒子状物質の窒素/炭素比、生物による鉄の利用度を変えるかもしれない。これらの影響のスケール・重要度はまだよく理解できていない。

海洋酸性化が生態系サービスと食糧に与える影響
18. 海洋酸性化が生態系サービスに与える影響はすでに進行中かもしれない
海洋酸性化は明らかにアメリカ合衆国の北西部の養殖産業にすでに影響を及ぼしており、もともと炭酸塩に対して低い飽和度をもつ湧昇水のpHをさらに下げている。しかしながら、牡蠣の孵化の際の高い致死率はモニタリング・管理という手段によって軽減することが可能である。4億人近い人がサンゴ礁生態系に食糧を依存しているため、熱帯のサンゴ礁に対するリスクもまた大きな関心を集めている。海洋酸性化の社会・経済的影響に関する研究はつい最近始まったばかりであり、急速に発展しつつある。

不確実性を解決する
19. 進化学的な適応の可能性を評価するためにも、海洋酸性化に対する生物の応答がまちまちであることについてさらなる研究が必要とされている
石灰化を行う・行わない藻類の複数世代の飼育実験研究は、生物の中には高いCO2に対して適応できるものがいることを示している。長寿命の生物に対してそうした研究をするのは難しく、適応の素質がまちまちである可能性が高い。たとえ適応しても、集団組成と生態学的機能は依然として変化する可能性が高い。

20. 海洋酸性化の研究は、将来野外環境で生じるであろう他のストレス源も考慮することをますます必要としている
酸性化は他の多くの局所的・全球的海洋環境変化と相互作用するだろう。こうした複合的な”ストレス源”には温度・栄養塩・酸素濃度などが含まれる。生物群集全体を対象にした現場での実験(自然のCO2湧出域やCO2添加メソコスム実験)は複合ストレスが集団に与える影響を調査するためのよい機会となり、将来の影響の理解を深めるだろう。

総括
21. 海洋酸性化は海洋の生物多様性に対する重大な脅威の中の代表的なものであるが、それに関与する複雑なプロセスの理解と、それが社会に与える影響の理解にはいまだ多くの溝が存在する
現在、海洋酸性化は地質学的には例にない速度で進行しており、海洋生物をさらなる、ますます悪化する環境ストレスに晒している。実験的研究によれば、模倣された将来の状態に対する生物の応答はまちまちであることが示されている:あるものはマイナスの影響を、あるものはプラスの影響を被り、またあるものはどうも影響を受けないらしい。さらに、海洋酸性化の応答は他のストレス源と相互作用し、時間とともに変化する可能性もあり、遺伝的な適応の可能性すらある。この自然のプロセスの複雑性が、将来の海洋酸性化が自然の海洋生物集団・食物網と生態系・それらがもたらす商品・サービスに対してどのように影響するかを評価することを極めて難しいものにしている。それでもやはり、相当の環境擾乱・とりわけ脆弱な生物種の絶滅リスクの増加・かなりの社会経済的な影響のすべてが生じる可能性が高い。将来の影響に関する不確実性を軽減するために優先して行うべき研究には、自然の高いCO2状態のアナログ・地質学記録・うまく統合された観測のさらなる活用と、大規模・長期的・複合的な実験的研究などが含まれる。