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2014年6月18日水曜日

北太平洋亜熱帯域のCO2吸収量の時系列変化(杉本&平石, 2009, 2010, 測候時報)

太平洋における大気-海洋間の二酸化炭素フラックス推定手法の開発
杉本 裕之, 平石 直孝
測候時報 77, S159-S187 (2010).


北太平洋亜熱帯域における大気-海洋間の二酸化炭素フラックス推定手法の開発
杉本 裕之, 平石 直孝
測候時報 76, S171-S187 (2009).


より。これまでの海洋表層水CO2分圧(pCO2)の測定記録から、大気-海洋間のCO2の交換量を推定したもの。
ちなみに、杉本&平石(2009, 2010)の解析データは気象庁のホームページの交換量推定のもとにもなっている。

ほとんどの海洋はCO2に関する”吸収源”であるが、それが原因で海洋酸性化が進行している。
例外的に放出源として振る舞っている海域は高緯度域と赤道湧昇域などに存在する。

今回は、自分自身の研究対象であり、ただいま絶賛勉強中である、北太平洋の亜熱帯域(特に小笠原周辺海域)に着目してまとめてみたい。

これまでに書いた海のCO2吸収に関連する記事は以下のものなど。


pCO2観測というとLDEOの高橋太郎氏のデータベースが真っ先に浮かぶ。これまでの研究船舶で得られたものだけでなく、近年は篤志観測船によるデータも含められたことで、そのデータ数は2013年時点で700万点という膨大なものになっている。

CDIACより

しかしながら、実際には船舶が行き交う北半球にデータは著しく偏っているために、太平洋全体といった規模のCO2交換の推定には大きな誤差を伴う。

これまでに様々な研究によってデータが不足している海域の推定が行われてきたが、大きく分けて3つのアプローチがあると言える。

1、大気CO2・δ13CO2・各種トレーサー(Δ14C・CFCsなど)を組み込んだモデル・シミュレーションから3次元的に推定する(Gruber et al., 2009など)
2、隣接する格子点のデータから、拡散方程式を用いて補完する(Takahashi et al., 2002, 2009; Lenton et al., 2012など)
3、経験式を求め、観測の充実した温度・塩分などをもとにpCO2を推定する(Ishii et al., 2011など)。

今回は特に、3のアプローチに着目する。
目的は違うものの、炭酸系の変数を経験式に回帰する方法は、先日公表された著者のSR論文と同じである(Kubota et al., 2014;手法はIshii et al., 2011を参考にしている)。

杉本&平石(2009, 2010)では、Takahashi et al. (2002, 2009)とは異なり、pCO2を温度と塩分で求めることのできる経験式を求めることで、最終的に季節ごとのCO2吸収量の推定を行っている(用いられているpCO2の元データは両者で僅かながら異なる)。

それを達成するために、まずは同一の経験式で記述できる海域を分ける必要が出て来る。それを知るために、pCO2と温度、pCO2と塩分のクロスプロットを用いて緯度・経度でどういった特徴が見いだせるかどうかを評価している。

その後、実際に得られた各海域ごとの経験式をもとにCO2のフラックスを推定し、Takahashi et al. (2002, 2009)による気候値との比較を行っているが、海域によってはわずかに食い違いが見られている。その原因としては

・観測記録の時間解像度が一瞬であること(*月**日**時**分**秒に採取した海水の値)に伴う、原理上の問題
・フラックスの推定に用いる計算式の違い
・計算に必要な種々の変数(温度・塩分・気圧)の扱い
・データの偏り・不足

などが考えられる。

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得られた知見をまとめると、

北太平洋亜熱帯域のCO2吸収量は年間0.4PgCであり、これは全海洋のCO2吸収量の推定値が約2.2PgCであることから(IPCC AR4, 2007)、18%を占める。

※ちなみにIPCC AR5 (WG1 Chap.6)によると、
2002-2011年の吸収量:「年間 2.4 (± 0.7) PgC」
産業革命以降の累積蓄積量:「155  (± 30) PgC」とされている。

杉本&平石(2009, 2010)で定義される北太平洋亜熱帯域の表面積は全海洋の12%を占めていることから、吸収量が比較的大きい海域であることが分かる。

また季節変動に着目すると、7-10月には大気よりもpCO2が高く、放出源として寄与していることが分かる。ただし、吸収の割合が高いことから、年間を通じては吸収源として寄与している。

杉本&平石 (2009) 第10図より。北太平洋亜熱帯域のCO2フラックスの時系列。


年々変動もわずかながら見られており、特にENSOの影響が赤道太平洋のみならず、北太平洋亜熱帯域でも少なからず見られる。
ただし、日付変更線を挟んだ東西で違いが見られており、20世紀最大のエルニーニョであった1998年には、日付変更線以西では減少が見られるものの、以東では増加しているなど、正味では平年に比べてやや吸収が抑えられた

杉本&平石 (2010) 第10図より。太平洋のCO2フラックスの時系列。
エルニーニョ時には赤道湧昇が抑えられるために、赤道からのCO2の放出が低下する。一方のラニーニャ時には赤道湧昇が強化され、亜表層からのDIC供給が増えるので、CO2の放出が強化される。
緯度別に見ると、この特徴は赤道域で顕著であるが(当然ながら)、結果として太平洋全体のCO2フラックスにも影響を及ぼしている。

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赤道を挟んで反対側に位置する南太平洋亜熱帯域が世界で最もCO2を吸収していることが分かっている(Gruber et al., 2009; Takahashi et al., 2009など)。

南北ともに亜熱帯域では生物生産が非常に低く、また温度躍層が非常に深く深層水と表層水が強く隔離されていることから、pCO2変動は水温の季節変動に強く支配されている。
また人為起源のCO2排出に伴うpCO2の経年変化も、大気pCO2のそれと同程度であることも分かっている(Lenton et al., 2012など)。
そのため経験式の推定誤差が小さいのが亜熱帯域の特徴である(Kubota et al., 2014)。
ただし、北太平洋と異なり、南太平洋は特に観測記録が限られていることから、今後も継続して観測が行われることが切に望まれる。

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最後に

目から鱗だったのは、北太平洋亜熱帯域が夏の短い時期には放出源に転じているという事実。これまで年々変動ばかり着目して研究を行ってきたので、今後は季節変動にも目を向けていきたい。

また、小笠原周辺海域では栄養塩が乏しいにも関わらず、海水炭酸系には生物生産の影響も一部見られるという(気象研・石井雅男氏私信)。生物生産はほぼ温度だけで経験的に推定される炭酸系の計算に影響するため、今後その原因も含めて、考察を深める必要がある。

当然ながら、観測が始まる以前のデータに関してはモデルシミュレーションを用いた推定か、他の間接指標を用いた方法でしか得られない。
著者が研究しているサンゴのホウ素同位体を用いたpH指標は季節レベルでpHを復元できる可能性を秘めた手法であり、大きな期待が寄せられている。
しかしながら、サンゴ石灰化をはじめとして、過去のpH計を歪める要因がまだ十分には理解されていないため、いまは特に小笠原に着目して研究を進めているところである。

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◎文献
・Gruber et al. Oceanic sources, sinks, and transport of atmospheric CO2. Global Biogeochemical Cycles 23, GB1005, doi:10.1029/2008GB003349 (2009).
・Takahashi et al. Global sea-air CO2 flux based on climatological surface ocean pCO2, and seasonal biological and temperature effects. Deep-Sea Research II 49, 1601–1622 (2002).
・Takahashi et al. Climatological mean and decadal change in surface ocean pCO2, and net sea–air CO2 flux over the global oceans. Deep-Sea Research II 56, 554–577 (2009).
・Lenton et al. The observed evolution of oceanic pCO2 and its drivers over the last two decades. Global Biogeochemical Cycles 26, GB2021, doi:10.1029/2011GB004095 (2012).
・Ishii et al. Ocean acidification off the south coast of Japan: A result from time series observations of CO2 parameters from 1994 to 2008. Journal Of Geophysical Research 116, C06022, doi:10.1029/2010JC006831 (2011).
・Kubota et al. Larger CO2 source at the equatorial Pacific during the last deglaciation. Scientific Reports 4, 5261; DOI:10.1038/srep05261 (2014).