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2014年3月29日土曜日

氷期における”鉄肥沃”仮説を支持する堆積物記録(Martínez-García et al., 2014, Science)

Iron Fertilization of the Subantarctic Ocean During the Last Ice Age
最終氷期における亜南極海の鉄肥沃
Alfredo Martínez-García, Daniel M. Sigman, Haojia Ren, Robert F. Anderson, Marietta Straub, David A. Hodell, Samuel L. Jaccard, Timothy I. Eglinton, Gerald H. Haug
Science 343, 1347-1350 (21 March 2014) 
より。

大西洋セクターの南大洋で得られた堆積物コア(ODP Site 1090)中の浮遊性有孔虫(G. Bulloides)の殻のδ15N分析から、氷期に栄養塩利用効率が増加しており、生物一次生産が強化していた可能性が示唆。同時にダスト性の鉄や種々の生物源沈降粒子のフラックスが増加していることから”鉄肥沃”仮説を裏付ける証拠として提示。鉄肥沃だけで40ppmに相当する大気中CO2濃度低下に寄与したことを示唆。また氷期の千年スケールの気候変動(と大気中CO2濃度の変動)においても鉄肥沃が関与していたことを示唆。



この論文が出たとき、いったい何が新しくて何故Science誌にて公表されたのか分からなかった。メンツはそうそうたるメンバーだが、内容はなんら新しいものに思えなかった。



氷期には大気中のCO2濃度が間氷期に比べて80-100ppm低下していたことがアイスコア記録から分かっている。

さらに
「鉄という海水中の微量元素がHNLC海域での生物生産を制限していること」
「南極アイスコア中のダスト量が氷期に倍増している」
という観測事実から、表面積が大きく、HNLD地域でもある南大洋の鉄肥沃がCO2濃度低下にかなり重要であったと考えられている。
それを示唆する堆積物記録もこれまでに数多く得られている(例えば、最近ではLamy et al., 2014, Scienceなど)。

※HNLC
High Nutrient Low Chlorophyll
Nutrinetは栄養塩、Chlorophyllは植物プランクトンの量を示す



もっとも初期にそのアイデアを提案した、かのジョン・マーチンは以下の言葉を残している。

Give me half a tanker of iron and I'll give you the next ice age. 
John Martin


以上のように、アイデアそのものは決して新しくない。
通読してみた感想は、おそらくそれを実証するための測定項目の多さと、解釈の深まり、そして浮遊性有孔虫殻中の有機物のδ15Nを測定することができたという技術開発的側面(ただし同手法も数十年前に開発されたらしいが…)が評価されたものと思われる。

では、何故δ15Nの変動が炭素循環を考える上で重要なのか。

それは海洋の一次生産者が海水中の栄養塩の一種、硝酸(HNO3)を使って有機物を合成する際に、その程度の違いによって同位体分別が起き、それが食物連鎖を経て、上位捕食者である浮遊性有孔虫の身体に記録されるためである(殻は生物の死後も堆積部中に残る)。

要するに、δ15Nから硝酸を利用した生物の一次生産・食物連鎖を想像できるということである。

HNLC海域では生物生産が制限されており、栄養塩が余るという特異的状況が生じている。通常であれば表層には栄養塩類は枯渇しており、あればあるだけ生物によって利用されてしまうためである。その制限に寄与しているのが、全球にまんべんなく行き渡っていない”鉄”だとというのが”鉄仮説”の本質である。

そうした生物の生産した有機物はもとを辿れば大気中のCO2であり、生物ポンプが強化されることで、大気中のCO2濃度が低下するという流れである。

Martínez-García et al., 2011, Nature

従来、δ15Nは堆積物全体の有機物(bulk-δ15N)に対して行われていた。しかし堆積物全体ではどの生物によって生産された窒素かは分からないし、堆積物への埋没後の続生作用がオリジナルの情報を歪めてしまうことも少なくない。
彼らの記録も氷期-間氷期でbulk-δ15Nの変動はめちゃくちゃになっているらしい。

そこで彼らは浮遊性有孔虫の、それも1種だけのδ15Nを測定することにした。

その他に重要な海洋一次生産者である珪藻・放散虫による生物生産はδ30Siから推定されている(栄養塩であるケイ酸:SiO2を利用するため)が、現状様々な種の混合となっており、「生物生産の効率の変化なのか/混合の組み合わせの変化なのか」を見分けることが難しい。

もう一つ、彼らが取り組まないとならなかった問題は、「生物生産の効率の変化なのか/南大洋の湧昇帯の位置そのものの変化なのか」を見分けること。
氷期-間氷期スケールでは偏西風の位置も南北に変動しており、それに併せて湧昇とそれが励起する生物生産の中心も位置が変化していたことが期待されるためである。

もう少し読み込まないとうまく合点が行かないが、位置変化よりも効率変化と考える方が自然らしい(彼らの論文には膨大なSupplementが付属しているので気になる方はこちらも)。

種ごとのδ15N分析はG. Bulloidesだけでなく、別の浮遊性有孔虫(O. universa)に対しても一部なされており、整合的な結果となっているらしい。
また円石藻が生産するアルケノン、珪藻・放散虫が生産する生物源オパールもまたδ15Nとダスト性の鉄のフラックス増加に併せてフラックスが増加しており、鉄がより多くもたらされたときに、より多くの一次生産が生じていたことを示唆している。
また同位体の計算的にも硝酸が”ほぼ完全に”消費された場合の値に近づいているということらしい。

最後に、彼らは氷期における千年スケールのCO2濃度変動にも鉄肥沃が関与していた可能性も示唆している。

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僕自身、氷期-間氷期スケールの炭素循環の研究も行っているが、他にも色々なメカニズムが提唱されており、それらの組み合わせが正しい答えであると考えている(これまで多くの研究者に幾度となく指摘されてきたように)。
鉄肥沃は大きな役割を負っていたと考えられるものの、おそらく複数の中の一つに過ぎない。
「A・B・C・・・の割合がある時期には◯・◯・◯・・・で、またある時期には…」と、より定量的な組み合わせの答えが見つかるかどうかは僕の研究者人生の中でもないかもしれないが、できれば1つか2つくらいで美しく説明したいというのが科学者としての性なのかもしれない。