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2013年6月10日月曜日

「気候変動を理学する」(多田隆治、2013年、みすず書房)

気候変動を理学する〜古気候学が変える地球環境観〜
多田隆治
2013年、みすず書房
¥2,400-

同じ専攻の先生による、様々な時間スケールの気候変動とそのメカニズムを概観した書籍。温暖化問題にも言及。

計5回にわたって行われた一般向けのサイエンス・カフェの講義内容に補足を加えて文章に起こしたもの。



あまりに関係が深い人の書籍なのでレビューを書くのはこそばゆいが(w)、気候変動に関する自分の知識を再確認できたり、逆にまったく知らなかった事実を学んだり(講義に出ていたはずなのだがw)と、非常に勉強になった。

僕自身の研究は「第3回 CO2濃度はどのように制御されてきたか」で扱う内容に近いのだが、一部の内容に関しては自分の解釈と違っていそうなので、いつか議論してみたいと思った。

本書は’理学的’でもあるが、社会とも関心の深い’気候変動’をテーマに扱っている。
気候変動にまつわる様々なニュースを耳にする機会は多いだろう。しかしそれをすべて理解するのは難しい。それはそれを勉強している学生や第一線の研究者についても同じことである。

それくらいに地球システム(気候変動はその枠組みの一つでしかない)は多様で、複雑なのである。

気候変動にまつわる話題でもっとも一般の関心を集めているのは地球温暖化問題である。

人為起源CO2の温室効果が原因というのが科学界のコンセンサスと言って差し支えないと思うが、

一方である人は「太陽活動が原因で地球が温暖化している。太陽活動が不活発になれば寒冷化する」と言う。
また別の人は「もうすぐ次の氷期に向けた寒冷化が起きるから温暖化など問題ではない」と言う。
さらに別の人は「銀河宇宙線が地球の気候を支配しているので、温室効果ガスが温暖化の原因ではない」と言う。
「地球温暖化は原発促進派の陰謀だ」「IPCCは御用学者の集まりでその報告書は欺瞞に満ちている」などと意味不明なことを喚く人も少なくない。

どれも一部は正しかったり、根本から間違っていたりする。

その真贋を見極めるためには多くの勉強を必要とするため、非常に骨の折れる作業である。逆に言えば、IPCCをはじめとする科学界がその結論に達するまでにも非常に多くの時間と労力を要したのである。(対応の遅れが現在のような事態を招いているのは非常に遺憾であるが)

しかし、環境問題が人類の存亡そのものにも影響しかねない昨今、分からないからといって無視することは許されない。


過去に地球が経験した気候変動には、似てはいるが実は異なるメカニズムがもとで起きてるものもある。
例えば小氷期と最終氷期はどちらも気温が現在よりも低かったという観測事実で特徴付けられるけれども、その裏にあるメカニズムは全く別物である。

或いは複数のメカニズムが相互依存して・増幅し合って作用していたりする。
例えば、温暖化一つとってみても、人為的に排出される二酸化炭素が主要因ではあるが、太陽活動エアロゾル(ブラック・カーボン含む)・水蒸気などの様々なフォーシングが地球のエネルギーバランスを決定するのに寄与しており、さらに様々なサブシステム間のフィードバックがその関係性をさらに複雑にしている。

そういった複雑な地球システムを扱う上では、様々な知識に振り回されるよりは、基本になる概念を抑えることこそが重要であり、それは本書や「一般気象学(小倉義光、1999年、東京大学出版会)」などの’良質な(より一般的な気象・気候科学を扱った)’書籍を通して幅広く学ぶ必要があると言えるのではないだろうか。
僕がオススメできる教科書のリストはこちらに載せているので興味がある方は参照していただきたい。

たまたま同時進行して人為起源CO2排出による地球温暖化説を完全否定する書籍「二酸化炭素温暖仮説の崩壊(広瀬隆、2010年、集英社新書)」を読んでいたのだが、そちらの主義主張・論理展開・引用文献の質などを対比させて読んでみると、実に面白かった。

色んな局面で話題を呼んでいる広瀬氏に対する批判は他人に任せてしまうとして、以下にリンクを張っておくので興味がある方は著書と合わせて読んでみてはいかがだろうか。
広瀬隆 「二酸化炭素温暖仮説の崩壊」の批判

ちなみに『「地球温暖化」論に騙されるな!(丸山茂徳、2008年、講談社)』などと同じく、それなりに売れたようだ。

どちらがより’科学的・論理的か’は読者それぞれの判断に委ねたいが、こうした書籍を鵜呑みにする人も少なくないことを思うと、非常に残念な気持ちになるが、それは気候科学者が正しい知識を世間に示すのに時間を割かなかったことに責任があるのかもしれない。


21世紀は’環境の時代’と呼ばれるほど、国民一人ひとりにとって地球温暖化をはじめとする地球環境問題・エネルギー問題がもはや無視できないものとなりつつある。

自らの目で見、感じ、判断する’力を養うためにも、地球温暖化問題や古気候に興味のある方には本書を読むことをオススメする。

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目次

第1回 地球の気候はどのように制御されてきたか

第2回 地球は回り、気候は変わる

第3回 CO2濃度はどのように制御されてきたか

第4回 急激な気候変動とそのメカニズム-『デイ・アフター・トゥモロー』の世界

第5回 太陽活動と気候変動-太陽から黒点が消えた日

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以下はピックアップした文言集。
今回は控えめに…

サブシステムというのはしばしば複数の安定モードを持っていて、状態がその間をジャンプする性質を持っていること。モードジャンプは、変化を引き起こす原因があるしきい値を超えたときに急激に起こります。たとえば、CO2濃度を徐々に上げていったときに、それに比例して気温が上がっていくかというと、必ずしもそうとはかぎらない。あるしきい値を超えると気温が一気に上がる場合がありうるということです。(pp. 208)

私たちはそういったサブシステムの存在や、その性質について、ごく一部を知っているにすぎないのです。まだ私たちの知らないものがたくさんある。したがって、これはちょっと煽っているように聞こえるかもしれませんが、地球温暖化に伴ってわれわれがまだ知らないサブシステムが働きだし、それによって予期しない気候モードジャンプが起こる可能性は、少なくともゼロではない。(pp. 209)

ともかく重要なことは、気候モデル屋さんも含めて、誰も気候システムのすべてを知ってはいないのです。だからこそ、観測記録の範囲を超える条件下での気候システムの挙動を調べようというときに、古気候記録からの未知のサブシステムやフィードバックが存在した可能性を検討することが重要なのです。(pp. 209)

全球平均の気温への影響はあまりしませんでしたが、実は太陽活動が最大のときと最小のときとの全球平均の気温差は、あまり大きくないのです。そこがポイントです。太陽活動が気候に与える影響は、地球全体を暖かくするとか寒くするというよりは、パターンを変える。それもランダムに変えているわけではなくちゃんと規則性を持っていて、地球自体が持っているいくつかのパターンを強めたり弱めたりしているらしいとわかってきました。(pp. 253)

もう一つ、この回のお話で言いたかったことは、気候変動というのは、必ずしも地球全体が一様に暖かくなるとか寒くなるとかいうような単純なものではなく、むしろ、気候分布のパターンの変化として現れたり、変動の振幅や周期が変わったりといった形で現れるのだということです。ですから、ヨーロッパやアメリカで大雪があったり、大寒波が襲ったりすると、すぐに地球温暖化は嘘だという主張が出てくるのは、おかしな話なのです。(pp. 282)

福島の原発の事故の例を見てもわかるように、国家や、さらには人類全体の将来を左右するような物事の判断は、ごく一部の科学者や政治家に任せっぱなしにしておくべきことではありません。科学技術の進歩に伴って、専門分野が果てしなく複雑化、細分化している現在、専門家が必ずしも問題の全容を俯瞰的に眺めて問題の本質を的確に抽出し、適切な判断を下せる能力を持っているとはかぎらないからです。複雑な気候システムにおいて多様なプロセスが絡み合って生ずる地球環境問題に適切にかつ迅速に対処していくには、さまざまな知識や経験を持った意識ある人々が、問題の概要を科学的、俯瞰的、包括的に理解し、しがらみのない立場から独自の意志と視点に基づいて議論し、判断を下すことが必要だと思います。(pp. 286)