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2012年11月3日土曜日

浮遊性・底性有孔虫の殻の放射性炭素から深層水の年代を見積もる

放射性炭素を利用した海洋深層水の年代推定、またそれをトレーサーとして用いた現在と過去の海洋循環について。

ちょっとマニアックな話題です。



深層水の年代は1980年代のGEOSECS計画の際に実際に深層水を採水し、溶存炭素中の放射性炭素を加速器(当時はβ線カウンターも活躍していた)で測定することにより推定されました。

それによると現在の海水は大西洋の中層水で最も新しい年代を示し、太平洋の深層水で最も古い年代を示すことが分かり、熱塩循環による深層水循環(いわゆるBroeckerもしくはStommelのコンベヤーベルト)の存在が明らかになりました。

それによると

  • おおよそ深層水が地球全体を循環するのに1,500-2,000年程度を要すること
  • 現在最も古い年代を持った太平洋の深層水は2,000年という年代値を持っていること

が示されました。




こうして現在の深層水循環についてはよく分かったのですが、では

「”過去”の深層水循環や深層水の年齢を推定するにはどうすれば良いのでしょうか?」




今回はその中でも「浮遊性有孔虫と底性有孔虫の殻の放射性炭素を用いた推定法」を中心に紹介したいと思います。




文字通り浮遊性有孔虫(planktonic foraminifer)は海洋表層に棲息する有孔虫、底性有孔虫(benthic  foraminifer)は海底堆積物の表面または地中に棲息する有孔虫です。

つまりそれぞれ海洋表層水・底層水の溶存炭素を自らの殻に取り込んでいます。



それらの殻は有孔虫の死後、堆積物に化石として残されます。

場合によっては堆積物の中で殻が溶けてしまい失われてしまう場合がありますが(炭酸塩補償深度に依存)、それらが上手く堆積物に残されていた場合、それらの放射性炭素年代のから海洋深層水の年齢を推定することが可能です。

つまり、おおまかには

14Cplank年代 - 14Cbenthic年代 = 見かけ上の海水の年齢

ということになります。
ただし、厳密には海洋表層水にも海洋リザーバー効果があり、大気や陸上の二酸化炭素の年代と比較して、おおよそ400年古くなっていることに注意が必要です(※値は海域ごとに異なる)。

14C年代はΔ14Catm(放射改変が始まる前の大気中の二酸化炭素の放射性炭素の初期値)から一定時間経過したのちの14Cの量(Δ14Cmeasured)から求められますが、実はΔ14Catmは時代とともに変化していたことが知られています。

そのため、真に底性有孔虫が記録している14Cbenthic年代は、深層水が最後に大気との接触を断った年代(「ある暦年代+深層水の年代」)におけるΔ14Catmから計算されたものになります。

一方で浮遊性有孔虫が記録している14Cplank年代は、「ある暦年代」における大気のΔ14Catmから計算されたものになります。

(※より厳密な計算にはさらに海洋リザーバー年代の変化と複数成分の深層水の混合を考える必要がある)

まとめると、浮遊性有孔虫が記録しているΔ14Cと底性有孔虫が記録しているΔ14Cの初期条件が違うということになります。


この点に注意すると、以下の式から海洋のΔ14Cmarineが計算でき、それが最後に大気との接触を断った時点の大気のΔ14Catmと比較することで当時の深層水の年代が求まります(Adkins & Boyle, 1997, Paleoceanography; Burr et al., 2009, Radiocarbonなど)。

Δ14Cmarine = {exp(-14Cbenthic/8033) / exp(-14Cplank/8266) - 1} * 1000 [‰]

海洋の年齢 = 8033 * ln { (Δ14Cmarine/1000 + 1) / (Δ14Catm/1000 + 1) }

ここで、14Cplankは浮遊性有孔虫の殻の放射性炭素の測定値から表層水の海洋リザーバー年代を仮定して計算された暦年代です(INTCALの較正曲線を利用:例えばOkazaki et al., 2012, Climate of the Pastなど)。
厳密な計算を行うためにはΔ14Catmとして「木」や「湖の堆積物コアの木片や落ち葉」などから得られた大気のΔ14Catmを用いるのが理想的ですが、陸や海の記録が入り交じったINTCALのΔ14Catmが用いられる場合がほとんどです。

※補足
14Cplankは暦年代に置き換えても良く、例えば深海サンゴや鍾乳石のU/Th年代測定法によって得られた絶対年代を用いて計算しても良いし(例えばBurke & Robinson, 2012, scienceなど)、グリーンランドアイスコアの年縞を利用した絶対年代を用いることで得られる場合もあります(例えばMarchitto et al., 2007, science; Stott et al., 2009, Paleoceanographyなど)。

※追記(2016年5月31日)
INTCAL13以降、水月湖とHulu Caveのデータが加わったため、INTCAL較正曲線は従来の海のデータの重みが減り、より陸(洞窟含む)のデータが中心的になったことになります。

放射性炭素を利用した年齢推定なので、放射改変定数と測定精度による制約から過去5万年間(研究室によっては6万年間とするところも)の深層水の年齢推定にしか利用できないという問題がありますが、それでも多くの事実が分かっています。

例えば、

  • 氷期の大西洋子午面循環は、北大西洋深層水(NADW)の沈み込みが浅くなったことにより、中層水の年齢が若くなっていた。逆に、南大洋を起源とする古い深層水が大西洋を満たしていたことによって、底層水はかなり古くなっていた(Robinson et al., 2005, scienceなど)。
  • 氷期のDrake海峡には非常に古い深層水が存在し、それが完新世へと向かうにつれて現在の値に近づく(Burke & Robinson, 2012, science; Barker et al., 2010, Ngeoなど)。
  • 少なくとも太平洋の深層水には氷期の大気中二酸化炭素濃度の80~100ppmの低下を説明できるほどの古くて淀んだ海水が存在しない(例えばBroecker, 2009, Radiocarbonなど)。


などの重要な観測事実が挙げられます。

様々な海域でこうした手法を用いて過去の深層水の年齢が推定され、それから深層水循環の変化や炭素循環が考察されていますが、氷期から現在にかけての深層水の循環ですらまだ完全には解明されていないのが現状です。

氷期-間氷期の炭素循環に関する問題は、古海洋学者の頭を悩ませている謎の一つです。