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2012年8月4日土曜日

海洋酸性化の現状(海洋化学の視点から)

Ocean Acidification -Present Conditions and Future Changes in a High-CO2 World-
Richard A. Feely, Scott C. Doney and Sarah R. Cooley
Oceanography vol. 22 No. 4 (December 2009)
より。

海洋酸性化によって海水のpHと炭酸イオン濃度が低下すると、炭酸塩の飽和度(Ω)が低下し、炭酸塩の殻(や骨格)を作る生物に負の影響を及ぼすことが知られている。



特にアラゴナイト(アラレ石)やカルサイト(方解石)をはじめとする炭酸塩はそれぞれ異なる飽和度を持つが、アラゴナイトが先に不飽和(Ω=1以下になる状態)になり殻の溶解が始まることが予測されている。
しかしこれらはあくまで無機化学的な視点に基づいた予想で、実際には生物活動によって不飽和になっても殻が溶けない可能性もある。逆に不飽和に達する前に生物的なストレスから殻の形成が抑制されることも考えられる。

このレビュー論文では、無機海洋化学的な視点から現在進行中の海洋酸性化の現状と、コンピュータシミュレーションを用いた将来の予測を紹介している。

用いたデータは1990年から1998年にかけて行われた全球の海洋観測(WOCE、JGOFS)によるものである。
炭酸系の変数には「海水の全炭酸(Tc)」「海水の全アルカリ度(TA)」「海水のpH」「海水中の二酸化炭素分圧(pCO2)」の4つが測定可能な物理量だが、4つのうち2つを測定することで残りの2つは計算によって求めることができる(c.f. CO2SYS program)。
各航海ごとに測定された2つの組み合わせは異なるが、全部で72,000地点におけるデータがまとめられている(GLODAP)。
これらのデータはCDIACのホームページ上に公開されている。

GLODAPのデータと、モデル(NCAR-CCSM3)を用いて得られたデータを比較した。
GLODAPには北半球高緯度のデータが欠損しているので北極海周辺は比較を行うことができないが、大まかには全球の表層海水の炭酸系がうまく再現できている。
大きく値が食い違うのは主に春から夏にかけて生産性の高い海域(北西大西洋、南大西洋、北西太平洋、北東太平洋、南インド洋、ベーリング海、南大洋の大部分)で、原因としてはモデルとGLODAPのデータの時間解像度の違いが考えられる。
モデルによる予測結果は10年平均値であるのに対し、GLODAPのデータはせいぜい数週間程度である。

Feely et al. (2009) Fig.3を改変。
アラゴナイトに関する飽和度を表す。1より大きい状態を過飽和、小さい状態を未飽和といい、未飽和状態では’無機的な’アラゴナイトの溶解が起こる。右下の「GLODAP-1995」は観測とモデル結果の差分を表す。1875年から2095年にかけて海洋酸性化が進行し、アラゴナイトの飽和度が低下してゆくことが分かる。

モデルの予測は人類の二酸化炭素放出がIPCCのA2シナリオ(今世紀末にCO2濃度が800ppmに達するというシナリオ)に基づく。
結果を見てみると、産業革命以降の海洋酸性化によって海洋表層がアラゴナイト(+カルサイト)に関して未飽和な状態が2050年には高緯度の海域において実現し、2050年以降も進行することが分かる。
高緯度の海域には翼足類(クリオネも翼足類の一種)をはじめとする種々のアラゴナイトの殻を作る生物が棲息しており、そうした生物が種々の魚の餌になっているため、生態系にも大きな影響があると考えられる。

また低緯度域は2095年にも未飽和な状態までは達しないものの、飽和度の減少する程度は高緯度域よりも大きい。サンゴの成長は飽和度に大きく依存することが知られており、未飽和に達する前にサンゴをはじめとするサンゴ礁の生態系にも大きな影響があると考えられる。

Feely et al. (2009) Fig.7を改変。
2095年と1875年を比較した場合の、アラゴナイトの飽和度の変化。上の図は絶対値の変化を表し、下の図は変化の割合を表す。高緯度では絶対値の変化は小さいものの、変化率は大きい。一方で低緯度では変化率は小さいものの、絶対値の変化が大きい。どちらも生態系に負の影響を与えると考えられる。

※コメント
海洋酸性化は地球温暖化と同時進行している非常に重大な環境問題であるものの、日本ではまだそれほど浸透していない。温暖化は起きない可能性もないとは言い切れないが、海洋酸性化は人間が二酸化炭素を放出する限り確実に起きると考えられている(既にかなり進行している)。
由々しき事態ではあるが、今後上手くマスコミに取り上げられるなどして知名度が上がることを期待する。僕自身ブログやSNSを通じてアウトリーチに励みたいと思っている。
生物活動を介するため無機的な取り扱いだけでは説明ができないことも多いが、現在精力的に酸性化実験などを通して将来の酸性化と生物の応答に関する研究がなされている。
実際には酸性化とともに温暖化・富栄養化・貧酸素が同時に進行することが予想されるため、複合的なアプローチが有効であろうと思われる。最近発表されたScienceの論文では、西オーストラリアに棲息するハマサンゴは酸性化の影響を打ち消して温暖化によって成長が促進していることが示された。いずれは成長阻害に転じることが予測されている。
また円石藻についても盛んに研究がなされているが、進化によってある程度適応できる、或いは適応種が優勢となる可能性が近年指摘されており、将来予測を難しくしている。個々の炭酸塩を作る生物の世代交代の速度や殻の構造、生態(底性、固着性、回遊性)など様々な因子を考える必要がある。